人の領域はどこまで?二つの医療の物語〜鹿の王 水底の橋〜
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本屋大賞を受賞した「鹿の王」から2年の月日を経て、ついに続編「水底の橋」が発売されました。

「鹿の王」はアニメ映画化されると言うことで、上橋ワールドがますます広がりますね。

「水底の橋」は「鹿の王」を読んでいなくても十分に楽しめる作品になっています。

上橋さんの本格ファンタジーというよりは、医療を中心としたヒューマンドラマなテイストが濃い作品です。

「医療の永遠のテーマ」をあつかった、命の物語をぜひお楽しみください。

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「鹿の王 水底の橋」ってどんな本?

鹿の王 水底の橋

上橋菜穂子 著 角川書店 (422ページ)

上橋菜穂子さんってどんな人?

日本を代表するファンタジー作家であり、文化人類学者でもあります。

立教大学文学部卒業後、同大学大学院で博士課程(文学博士)を取得。

専門は文化人類学で、オーストラリアの先住民アボリジニについて研究していらっしゃいます。

現在は、川村学園女子大学特任教授。

1989年『精霊の木』で作家デビュー。

主な作品に『守り人』シリーズ、『獣の奏者』『鹿の王』などがある。

上橋さんとの出会いは、「精霊の守り人」です。

知り合いの外国人が『守り人』シリーズが好きだということで、外国の人から教えてもらいました。

外国でも有名な作家さんで、児童文学の世界的な賞である「国際アンデルセン賞」も受賞されました。

上橋さんは文化人類学者ということで、アボリジニの研究もされてます。

アボリジニを研究していたからこそ描ける世界観が特徴ですね。

文化人類学者から作家デビューするまでのエッセイ、「物語ること、生きること」は入試などでもよく出題されるくらい名文がたくさんあります。

「物語ること、生きること」のなかで上橋さんが幼少時代に読んでいた本のリストは、子どもに買ってあげたい本ばかりです。

どんな内容?(ネタバレはありません)

今回の「鹿の王 水底の橋」は、本屋大賞を受賞した『鹿の王』の外伝という位置付けです。

私が「鹿の王」を読んだのは、2年前ほど...内容はすっかり忘れていました。

内容を覚えていなくても大丈夫!「鹿の王」を読んでいなくても大丈夫!

なぜなら、登場する9割の人が初登場の人物だからです。

「鹿の王」は故郷を守る戦士である独角の頭ヴァンとオタワルの医術師であるホッサルの二人の男の物語でした。

今回の「水底の橋」は、ホッサルとその相方ミラルの話です。

「鹿の王」の出来事から数年後、東乎留帝国の次期皇帝争いが勃発。

そんな中、オタワルの医術師ホッサルは清心教医術の発祥の地に招かれる。

清心医術の歴史の秘密を知ることになる。

次期皇帝争いの最中に起こる暗殺事件、様々な思惑が交錯するなかでオタワル医術を継承していくためにホッサルはどんな決断をするのか?

人の命を救うとは?人の幸せとは?

オタワル医術と清心教医術の対立、政治的な対立、信じる宗教とは、ホッサルとミラルの恋の行方など話題はてんこ盛り。

物語の設定が少し難しく、2/3くらいまでは読むのが少し大変でした。

後半の1/3は一気に読み終わってしまった。

上橋さんといえば児童文学ですが、「水底の橋」は、かなり大人向けのストーリーになっています。

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命を救うとは、神の領域なのか?

鹿の王に続き、水底の橋も医療がテーマの作品になっています。

その中で、根底に流れているテーマは「命とは何か」。

オタワル医術と清心教医術はどちらも、病んでいる人を救うための医術です。

オタワル医術はどちらかというと西洋的な考え方に近く、死にそうな人がいればどんな手を使ってでも救う。

患者さんの命を全うさせるために、持っている技術を駆使すると言う考え方の医術です。

持てる技術をすべて使って命を救わねば、全うさせることはできないでしょう

「鹿の王 水底の橋」ホッサルのセリフより

それに対して、清心教医術では動物由来のものを身体に入れるのは穢れる。

穢れずに清い身体のまま命を全うすれば、あの世で幸せに暮らせる。

そのためには、身体を穢すような治療ではなく安らかにあの世に送ろうという考え方の医術です。

この二つの医術の対立、命を救うことに関してホッサルの相方ミラルはこんなセリフを言います。

病と医術と、生と死と、人の幸せの関係は、きっと、部分を見極めただけでは見えてこない、ゆらゆらと形なく揺らめきつづける何かであるような気がしてならないの

「鹿の王 水底の橋」ミラルのセリフ

病気そのものを診るホッサルに対して、病を患っている人の全身、その周囲の状況などを診る清心教医術を目の当たりにしたミラルが言ったセリフです。

この世だけではなく、あの世の世界のことも見据えた治療を行う清心教医術。(輪廻転生を願う仏教のような考え方ですね)

人の幸せとはこの世にいる間だけなのか?と考えさせられるセリフでした。

そのために医術はどこまでやってよくてどこからやってはいけないのか?

どこまでが人の領域で、どこからが神の領域なのか?

今でもどこかで考え奮闘しているお医者さんがいらっしゃるに違いありません。

神は、我らをこの世に生み出すが、また、この世から去らせもする

「鹿の王 水底の橋」安房那候のセリフより

神様を信じると言うのは、日本にはあまり馴染みのない考え方です。

でも、私はこのセリフを読んで救われた気持ちになりました。

誰かが”私”という存在をこの世に生み出そうとして生み出した。

私がこの世から去る時も、誰かが去らせたのだ。

と思えることで、与えられたこの世の時間を全うしよう、大切にしようと思うようになりました。

この命の物語「鹿の王 水底の橋」を読んで、”命”というものに向き合って見るのも良いかもしれません。

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